戦争案内(3)

太平洋戦争突入へ転げ落ちる坂道を作り出した軍事クーデターは,当時の金融・産業資本家が戦争での金儲けの投資として資金を提供した,という話。


 この一連のクーデター未遂やクーデターによって、いわゆる太正デモクラシーは押しつぶされてしまい、日本には軍国主義体制が確立され、一九四一年十二月八日アジア太平洋戦争へ突入しました。こういうふうに書いてしまうと、今までの歴史どおりに、右翼と青年将校によるクーデターで、軍国主義体制が作られて、戦争へ突入してしまったということになってしまいます。しかしこの一連のクーデター未遂やクーデ夕ーには、巨額の資金を提供していた企業家がいました。
三月事件←五〇万円・徳川義親
一〇月事件←六三万円・藤田勇
五・一五事件←九万円・神武会
二・二六事件←三五万円・石原廣一郎

*徳川義親は尾張徳川家の一九代目の当主、資産家、侯爵、昭和天皇と縁戚関係。
藤田勇は戦争ブローカー、中国戦線で麻薬取引をして巨利を得た人物。
*石原廣一郎は石原産業社長。石原産業はそれまでマレーシアなどでゴム園や鉱山などの事業を行っていた。戦後の四日市公害の中心企業。
大川周明は、国家主義者で軍部と接近して犬アジア主義を唱えていた。
*神武会は、徳川義親。石原廣一郎、大川周明などが三〇年代の初期に作った秘密結社。目的に政党政治の打倒、軍事政権の樹立、南進を掲げていた。
 当時の一万円は今の一億円よりももっと値打ちがあったはずです。無駄な金を一銭でも出さない企業家が、なぜこんな大金をクーデターにつぎ込んだのか? 金額と名前が分かっているものだけここに出しましたが、三井や三菱、日産などの財閥も、このクーデターの首謀者たちに金を出していたことが、わかっています。
 ここに、一九二〇年代の初期、石原廣一郎たち企業家が発表した世界戦略図があります。これは日本を工業国として発展させるために、このアジアの大部分がすっぽり入る円内を、日本の植民地にして、そこから安い原材料、労働力を提供させ、日本の独占市場とする。そして日本を大工業国として発展させ、安い製品で世界市場を制覇しようという計画図です。
 しかしこの頃のアジアは、つぎの地図に見られるようにほとんど完全に欧米諸国によって植民地として支配されていました。一九三七年度の東南アジアにおける日本企業の経済的権益は、僅かに一・七%でしかありませんでした。ではこの企業家たちの計画を実現させるためにはどうすればよいのか。日本の軍事力を使って、アジアから欧米諸国をたたき出すしかありません
 しかし当時日本は、まだいわゆる「大正デモクラシー」といわれる民主化運動によって、反戦・平和を求める民衆の意識が高まっていましたし、議会には、まがりなりにも政党政治が定着していて、そう簡単に企業家が思うように戦争を始めることができる状況ではありませんでした。

 ではなぜ資本家たちが、このような大金をクーデターにつぎ込んでまで戦争を起こしたのか?
 それはP50〜51の地図やP54〜57の表を見れば一目瞭然です。
 これは石原産業の社史に出ていた、アジア太平洋戦争中の事業所の地図です。日本の軍隊を使って、欧米諸国を追い払った後、これだけの鉱山の利権を獲得したのです。三九か所です。例えばこの中のマレーシアの部分だけでも、それまでイギリス系の企業がほぼ独占していた鉱山を四分割して、三井鉱山日本鉱業古河鉱業石原産業で分け合っています。当時マレー半島は、世界の錫の八〇‰を産出していたのですから、その四分の一の二〇%を獲得しただけでも大変な利権です。またゴムの世界的な産地でもありました。私たちが現地調査にいって確かめてきたところによると、このマレーシアに獲得した鉱山の中の、スリメダン鉱山は鉄鉱石の鉱山ですが、ここだけでも当時日本が海外から輸入していた鉄鉱石の五〇%を産出するような巨大な鉱山でした。
 石原廣一郎は、戦前からマレーシアでゴム国や鉱山の経営を行っていましたが、マレー半島が当時イギリスの植民地であったために、思うように利益が上がらないとこぼしていました。そして一九三八年には、「イギリスの植民地下での事業はうま味がない。俺はマレーシアからは引き上げる。今度戻ってくるときには、日本軍を連れて戻ってくる。」と捨て台詞を残して日本に帰ってきています。それ以前一九三〇年代初期に、『新目本建設』と言う本を出していますが、そのなかで「大和民族発展の進路」を解き、自由主義思想、マルクス主義思想、階級闘争を批判しています。そして「斯く新日本を建設せよ」と言う先程紹介した世界戦絡図を発表しています。またその頃、徳川義親や大川周明などとともに神式会という秘密結社を組織すると同時に、クーデターを引き起こした青年将校や右翼の思想家たちにこの神式会のメンバーが、巨額の資金を提供したのです。
 アジア太平洋戦争で利権を獲得したのは、もちろんこの連中だけではありません。この連中は当時の日本の資本家たちの一部だったにすぎないのであって、ほかのすべての資本家がどれだけの利権を、アジア太平洋戦争によって獲得したかは、P56〜57に紹介する陸軍の秘密資料にすべて出ています。たとえばシンガポールから、イギリスを追い払った後乗り込んでいった企業はこのとおりです。ほとんどが現存する企業です。
 またP54〜57に紹介する資料は陸軍の秘密資料の中にありました。やはり二・二六事件の首謀者たちにクーデター資金を提供していた三井物産系の企業が、アジア太平洋戦争の結果東南アジアに獲得した事業内容です。
 これは、私たちが確認できたわずかな資料から導き出したものです。しかしこれを見ただけでも、戦争をだれが必要として起こさせたのかが分かります。たとえクーデター資金に今のお金に換算して五〇億円や一〇〇億円を出したとしても、戦争で植民地を獲得すれば直ちに何倍にもなる。これこそが戦争の本質であり、根本原因だと思います。日本の今までの歴史教科書から始まって、歴史小説、テレビ番組、劇映画などすべて、二・二六事件については、青年将校と右翼の思想家だけしか登場しません。二・二六事件を必要として、計画して、お金を出して、そして最終的に目的を達成した張本人の資本家・金業家たちのことが何も語られないで、私たちは曰本の歴史を正しく理解しているといえるでしょうか。





続く
現代の銀行業は詐欺